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大阪高等裁判所 平成7年(ネ)978号 判決

控訴人 中村友隆

被控訴人 国 富山県 ほか四名

国及び富山県代理人 本多重夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2(一)  被控訴人国は控訴人に対し、四一六万五七一二円及びこれに対する平成五年一月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被控訴人富山県は控訴人に対し、五万三〇六〇円及びこれに対する右同日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  被控訴人富山市は控訴人に対し、二一九万二九四〇円及びこれに対する右同日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(四)  被控訴人天野光正は控訴人に対し、一六〇〇万円及びこれに対する同年三月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(五)  被控訴人木村潔は控訴人に対し、九一〇万円及びこれに対する同年三月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(六)  被控訴人木村光は控訴人に対し、九一〇万円及びこれに対する右同日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

主文に同じ。

第二事案の概要

原判決の「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、次のとおり付加、訂正をする。

一  原判決五頁一〇行目の「〈証拠略〉」を「〈証拠略〉」と改める。

二  原判決七頁二行目から四行目(二〇八ページ上段一行目)までを次のとおり改める。

「(二) 控訴人は、昭和五六年四月六日付の競落許可決定に基づき、同年七月六日競売代金一億二〇三七万八〇八二円を富山地方裁判所に納付した(争いがない)。」

三  原判決八頁七行目の「昭和五六年一〇月二〇日」を「昭和五六年一〇月二〇日ころ」と改める。

四  原判決一一頁二行目の「昭和六二年三月二〇日」を「昭和六二年三月二〇日ころ」と改める。

五  原判決一九頁五行目の「そうすると、」を「本件不当利得返還請求権の場合は権利の客観的性質に基づき権利行使が現実に期待できないものということはできないし、また、」と改める。

六  原判決二二頁二行目の「3(一)(1)」を「3(一)(2)」と改める。

七  原判決二四頁三行目から同五行目の「立場をとるとしても、」までを削除する。

八  原判決二七頁九行目から二九頁末行までを次のとおり改める。

「二 仮に本件不当利得返還請求権の行使につき法律上の障害がないとしても、競売の無効が公権的に確定されるまでは、その行使は、権利の性質上、現実に期待しえないものであるから、本件の消滅時効は第二事件の上告棄却判決が確定するまでは進行しないと解されるべきである。

弁済供託における供託金取戻請求権に関してではあるが、最高裁昭和四五年七月一五日判決(民集二四巻七号七七一頁)においても同様の判断が示されており、本件においても、右判決の場合と同様、第一、第二事件の係争中に訴えの提起等により本件不当利得返還請求権を行使することは係争中の事件と矛盾した権利行使を強いられることになるし、また競売の結果は公権的に否定されない限りはこれを重んじるのが法秩序に沿う所以というべきである。のみならず、本件の場合は、時効中断も困難で、結局は条件付訴訟等の提起を余儀なくされることになる等、右判決の場合より一層その権利行使が期待しがたいことは明らかというべきである。」

第三証拠

原、当審での本件記録中の各証拠目録記載のとおりである。

第四争点に対する判断

当裁判所の認定、判断は、原判決の「第三 争点に対する判断」記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、次のとおり付加、訂正する。

一  原判決三五頁五行目の「各事実」の次に「及び弁論の全趣旨」を加える。

二  原判決三六頁一〇行目から同四三頁九行目までを次のとおり改める。

「1 まず本件不当利得返還請求権の発生時期の点を検討するに、前記一2の認定説示のとおり、本件において控訴人は競売代金を納付した当初から本件不動産の所有権を取得していないことになるから、控訴人が昭和五六年七月六日、競売代金を納付した時点において控訴人に右代金額相当の損失が発生し、被控訴人らが同年八月二八日に配当金を受領した時点において利得が発生したといえ、この時点が本件不当利得請求権の発生時点と解すべきである。

控訴人は、任意競売は行政処分の公定力と同様の効力を持つから、本件不当利得返還請求権が発生するのは、第二事件の上告棄却判決により、本件抵当権の効力が否定され、競売無効が公権的に確定された時点であると主張するが、行政行為ではない任意競売につき公権力性に根差す公定力と同様の効力を認めることはできないことは当然の事理であって、控訴人の右主張は採用の限りでない。

2(一) そして、民法一六六条一項の「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」とは、権利の内容を実現するについて法律上の障害がなくなったときを意味し、権利者の一身上の都合や権利の存在の知、不知等の主観的、個別的な事情等、事実上の障害が存在するにすぎない場合は消滅時効の進行を妨げないものと解するのが相当であるところ、本件の場合、本件不当利得返還請求権の発生時点から法律上の障害はなく、したがってその権利行使が可能であったとみるべきであるから、被控訴人らが配当金を受領した昭和五六年八月二八日の翌日(民法一四〇条参照)から消滅時効が進行するものというべきである。

(二) 右の点に関し、控訴人は、本件の場合は、第二事件の上告棄却判決により本件抵当権の効力が否定され、競売無効が公権的に確定される時点までは、(1)法律上の障害があった、(2)仮に法律上の障害があったといえなくとも権利の性質上その権利行使を期待しえないから右時点までは消滅時効が進行しないと解すべきであると主張する(なお、右主張のうち、第二事件の上告棄却判決により本件抵当権ないし競売の無効が確定されたとする点は必ずしも正確とはいいがたいが、その点は措く。)。そして、右各主張のように解すべき根拠として、控訴人は、本件競売事件の手続の無効が公権的に確定されるまでの間に競落人に不当利得返還請求権を行使せよというのは権利関係につき自己矛盾を強いるものであり、かつ右のような訴え提起は現行の裁判制度上困難である等の点を指摘している。

しかしながら、まず(1)の点についてみるに、消滅時効の進行を阻止する権利行使の法律上の障害とは、原則として、権利それ自体の性質上、その権利に本来的に内在する障害を意味するものと解されるところ、このような障害が存在しないときは、たとえ控訴人主張のように自己の権利保全のために自己矛盾する権利主張をすることになるとしても、本件事案においては少なくとも消滅時効の中断手続に着眼してこれを採るのにそれ程の困難はなかった筈であり、また本件において時効中断及び訴え提起の措置が採れなかったとすべき理由はない。したがって、右控訴人の指摘する点はいずれも単なる事実上の障害にすぎず、これらの点を理由として法律上の障害があったものということはできない。

また(2)の点についても、控訴人の引用する最高裁判所の判例は、民法一六六条一項にいう「権利ヲ行使スルコトヲ得ル」というためには、権利の行使につき法律上の障害がないだけでなく、権利の性質上、その権利行使が現実に期待できるものであることが必要である旨判示しているが、右判示は、供託者が供託金を取り戻すと供託の効果が失われることから、供託者が債務免脱の効果を求めて供託制度を利用している限り、供託金取戻請求権を行使することはおよそ期待できないとの権利の性質に内在する障害の存在を前提とするものと解されるところ、本件不当利得返還請求権についての時効中断措置がその権利内容の減縮・消滅の効果を与えるものではないから、右判決は本件の場合とは事案を異にするといわざるを得ない。

また、仮に、権利の性質に内在する障害とまではいえなくとも、権利者に当該権利の行使を期待しえないような特段の事情があるときは消滅時効が進行しないとの見解に立ったとしても(控訴人の主張は右のような趣旨をも含むものと解される。)、もともと法定の事由以外に時効停止を認めることは時効制度の公益性からみて許されるものではない上、本件は競売申立人である控訴人自身が競落した場合であるところ、前記認定事実によれば、控訴人が競売物件の所有権の取得を否定されたのは、当該競売申立ての基礎となった自己の抵当権が消費貸借における要物性の要件を充足しなかったため被担保債権が発生しなかったとの理由でその効力を否定されたためであること、控訴人による競落後、控訴人と競売不動産の所有者らとの間で第一、第二事件が係属し、いずれも本件抵当権の効力が争点となったが、被控訴人らへの配当金交付の日から起算しても本件不当利得返還請求権の消滅時効が完成する前に、第一事件については第一審判決、控訴審判決、上告審判決、第二事件については第一審判決、控訴審判決がなされ、いずれの事件においても本件抵当権の効力を否定する趣旨の判断が示されていることが認められ〈証拠略〉によれば、第二事件の控訴審判決においては被控訴人らに対する不当利得返還請求によるべきことが明確に説示されてさえいる。)、以上の経緯に照らせば、本件においては、消滅時効の進行期間中から被控訴人らに対して不当利得返還請求をすべき事態に至ることが十分予測しえたものというべきであるから、むしろ、控訴人としては消滅時効の完成前に時効中断又は訴え提起の措置を採ることが当然に要請されたところというべきだからである。

そして本件全証拠によるも、他に、控訴人主張のように第二事件の上告審判決の時点まで消滅時効が進行しないと解すべき特段の事情を見い出すことはできない。」

第五結論

以上の次第で、控訴人の被控訴人らに対する請求はいずれも理由がないから、これを棄却した原判決は正当であり、本件控訴は理由がない。

よって、本件控訴を棄却することとし、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 野田殷稔 熊谷絢子 小野洋一)

【参考】第一審 京都地裁平成六年(ワ)第八〇二号 平成七年三月二四日判決

主文

一 原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二 訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一 被告国は、原告に対し、四一六万五七一二円及びこれに対する平成五年一月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二 被告富山県は、原告に対し、五万三〇六〇円及びこれに対する右同日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三 被告富山市は、原告に対し、二一九万二九四〇円及びこれに対する右同日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四 被告天野光正は、原告に対し、一六〇〇万円及びこれに対する同年三月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五 被告木村潔は、原告に対し、九一〇万円及びこれに対する同月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

六 被告木村光は、原告に対し、九一〇万円及びこれに対する右同日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一 請求の類型(訴訟物)

本件は、原告が、富山地方裁判所昭和五五年(ケ)第九〇号不動産競売事件(以下「本件競売事件」という。)の競落許可決定に基づき、競落代金一億二〇三七万八〇八二円を同裁判所に納付し、同裁判所から被告らに対し配当金が支払われたところ、その後、競売申立権者である原告の抵当権の無効が別件訴訟で争われ、原告の敗訴が確定したため、被告らの配当金の受領は不当利得に当たると主張して、請求の趣旨記載のとおり、被告らに対し、右配当に係る各金員の返還及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた不当利得金返還請求訴訟である。

二 争いがないか、認定が容易な事実

1 原告の抵当権の設定

別紙物件目録一ないし三記載の土地及び同四、六の記載の建物は、木村愃次(以下「木村」という。)が、同五の記載の建物は、株式会社キムラ電機製作所(以下「キムラ電機製作所」という。)がそれぞれ所有していた〈証拠略〉(右各物件を、以下同目録記載の番号に従い、「一の土地」ないし「六の建物」という。)。

原告は、昭和五四年四月一〇日、木村、キムラ電機製作所との間で、原告のキムラ電機製作所に対する一億円の債権を被担保債権として、一ないし三の各土地及び四、五の各建物(以下「本件不動産」という。)に抵当権(以下「本件抵当権」という。)を設定する旨の契約を締結し、同月一一日、右契約に基づき、本件不動産に抵当権設定登記をそれぞれ経由した〈証拠略〉。

2 原告の本件抵当権の実行、本件不動産の競落

(一) 昭和五五年七月、原告は、本件不動産につき、富山地方裁判所に本件競売事件を申し立てた〈証拠略〉。右競売事件は、民事執行法(昭和五四年法律第四号)施行日の昭和五五年一〇月一日より前の申立事件であって、競売法(明治三一年法律第一五号)(以下「旧法」という。)の規定によって実施された(争いがない。)。

(二) 昭和五六年四月六日、原告は、本件不動産を競落し、所有権移転登記をそれぞれ経由し(〈証拠略〉)、同年七月六日、競落代金として一億二〇三七万八〇八二円を富山地方裁判所に納付した(争いがない。)。

(三) 同年八月二八日、富山地方裁判所は、本件競売事件の支払期日において、次のとおり、被告らに対して配当金を支払った(争いがない。)。

(支払先)              (支払額)

被告国(富山税務署)      七〇万二九〇〇円

右同(富山社会保険事務所)  三四六万二八一二円

被告富山県(富山県税事務所)   五万三〇六〇円

被告富山市          二一九万二九四〇円

被告天野光正            一六〇〇万円

被告木村潔              九一〇万円

被告木村光              九一〇万円

(合計額)四〇六一万一七一二円

3 本件抵当権の有効性が争われた別件訴訟

(第一事件)

(一) 昭和五六年一〇月二〇日、原告は、本件競売事件によって本件不動産の所有権を取得したと主張し、キムラ電機商事株式会社を被告として一、二の各土地及び五の建物(これらは、本件不動産の一部である。)につき、昭和五六年(ワ)第二四二号不動産明渡等請求事件を、昭和五七年七月頃、木村を被告として、六の建物を収去して二の土地を明け渡すことなどを求めた昭和五七年(ワ)第二三七号建物収去土地明渡等請求事件を富山地方裁判所にそれぞれ提起した(〈証拠略〉)。その後、右各事件は併合された(〈証拠略〉)(以下「第一事件」という。)。

(二) 昭和五九年二月二九日、富山地方裁判所は、第一事件につき、本件抵当権はその被担保債権が不存在であり、その効力を有しないから、本件競売事件の手続は無効であると判示して、原告の請求をいずれも棄却するとの判決を言い渡した(〈証拠略〉)。

(三) 同年三月九日、原告は、第一事件の右第一審判決に対して名古屋高等裁判所金沢支部に控訴した(昭和五九年(ネ)第二三号事件)(〈証拠略〉)。

(四) 昭和六二年一一月二五日、名古屋高等裁判所金沢支部は、第一事件につき、前記(二)の第一審判決同様、本件抵当権は、被担保債権が存在せず、無効なものであり、かかる無効な抵当権に基づく本件競売事件の手続によって原告は本件不動産の所有権を取得し得ないものと言わざるを得ないと判示して、本件控訴をいずれも棄却するとの判決を言い渡した(〈証拠略〉)。

(五) 同年一二月頃、原告は、第一事件の右第二審判決に対して最高裁判所に上告した(昭和六三年(オ)第二四三号事件)(弁論の全趣旨)。

(六) 昭和六三年六月六日、最高裁判所は、第一事件の右(五)の上告を棄却する判決を言い渡した。右上告棄却判決により、第一事件の第一審の富山地方裁判所及びその控訴審である名古屋高等裁判所金沢支部の各判決が確定した(〈証拠略〉)。

(第二事件)

(七) 昭和六二年三月二〇日、木村、キムラ電機製作所は、本件の原告、崔順伊、金沢龍徳を被告として、富山地方裁判所に本件不動産及び六の建物につき、木村及びキムラ電機製作所への真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続等を求める昭和六二年(ワ)第八九号所有権移転登記手続等請求事件(以下「第二事件」という。)を提起した(〈証拠略〉)。

(八) 平成元年五月二六日、富山地方裁判所は、第二事件につき、本件抵当権はその被担保債権が不存在であり、本件競売事件の手続は無効であるから、第二事件の被告(本件の原告)は、本件不動産の所有権を取得し得ないものであると判示して、本件不動産につき、右被告(本件の原告)に、木村、キムラ電機製作所への所有権移転登記手続等を命ずる判決を言い渡した(〈証拠略〉)。

(九) 同年六月頃、被告(本件の原告)は、第二事件の右(八)の第一審判決に対して名古屋高等裁判所金沢支部に控訴した(平成元年(ネ)第一〇八号事件)(弁論の全趣旨)。

(一〇) 平成二年一一月二八日、名古屋高等裁判所金沢支部は、第二事件につき、前記(八)の第一審判決同様、本件抵当権は、その被担保債権が存在せず、無効であるとして、本件控訴を棄却する旨の判決を言い渡した(〈証拠略〉)。

(一一) 同年一二月頃、原告は、第二事件の右(一〇)の第二審判決に対して、最高裁判所に上告した(平成三年(オ)第三六九号事件)(弁論の全趣旨)。

(一二) 平成四年九月二二日、最高裁判所は、第二事件の右(一一)の上告を棄却する判決を言い渡した。右上告棄却判決により、第二事件の第一審の富山地方裁判所及びその控訴審である名古屋高等裁判所金沢支部の各判決が確定した(〈証拠略〉)。

4 そこで、原告は、被告らに対し、前記競売の配当に係る各金員を支払うように内容証明郵便で催告し、被告国(富山税務署、富山社会保険事務所)、被告富山県(富山県税事務所)、被告富山市には、平成五年一月七日に、被告天野光正には、同年三月六日に、被告木村潔及び同木村光には、同月二五日に、それぞれ右催告が到達した(争いがない。)。

三 争点

1 不当利得(請求原因)

被告らが本件競売事件の支払期日に受領した配当金が原告に対する関係において、不当利得となるか否か。

2 不当利得返還請求権の消滅時効(右1に対する抗弁)

原告の被告らに対する不当利得返還請求権(以下「本件不当利得返還請求権」ともいう。)が時効により消滅したといえるか否か。

3 非債弁済(右1に対する抗弁)

被告天野光正、同木村潔、同木村光(以下「被告天野ら」という。)及び同富山市と原告との間において、原告が本件不動産を競落し、競落代金を納付したことが民法七〇五条の非債弁済となるか否か。

4 不法原因給付(右1に対する抗弁)

被告天野ら及び同国と原告との間において、原告が本件不動産を競落し、競落代金を納付した行為が民法七〇八条の不法原因給付に当たるか否か。

四 争点に関する当事者の主張

1 不当利得(争点1)

(一) 原告の主張(請求原因)

(1) 原告は、前記二2(一)、(二)のとおり、本件競売事件を申し立て、同競売事件の昭和五六年四月六日の競落許可決定に基づき、同年七月六日、競落代金一億二〇三七万八〇八二円を富山地方裁判所に納付した。

(2) 富山地方裁判所は、前記二2(三)のとおり、同年八月二八日、右事件の支払期日において被告らに対して配当金を支払った。

(3) その後、前記二3のとおり、競売申立債権者である原告の本件抵当権の有効性が第一、第二事件の別件訴訟において争われ、右抵当権を無効とする判断が、原告の第二事件の上告が棄却された平成四年九月二二日の時点で最終的に確定した。

(4) そうすると、右(2)における被告らに対する配当金の支払は無効であり、被告らの受領した各金員は不当利得に当たる。

(5) 原告は、前記二4のとおり、被告らに対し、右競売の配当に係る各金員を支払うように催告した。

(二) 被告らの主張(請求原因の認否)

右(一)(1)ないし(3)、(5)はいずれも認め、(4)は争う。

2 不当利得返還請求権の消滅時効(争点2)

(一) 被告らの主張(抗弁)

(1) 被告国及び同富山県

イ 消滅時効の起算点

(イ) 消滅時効の起算点である「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」(民法一六六条一項)は、権利行使の法律上の障害が存在しなくなった時点を意味する。右権利行使の法律上の障害とは、権利それ自体の性質上、その権利に本来的に内在する障害を意味するのであって、権利者が権利自体の存在を知らず、あるいは権利自体の存在を知っていたとしても、その行使が可能であることを知らなかったという事情は、事実上の障害にすぎないのであって、消滅時効の開始、進行を阻止しないというべきである。

(ロ) 本件不当利得返還請求権の発生時期とその起算点

本件において、原告が被告国及び同富山県に対し、かつて不当利得返還請求権を有していたと仮定すれば、原告が、昭和五六年七月六日に競落代金を富山地方裁判所に納付した時点において、原告に損失が発生し、被告国及び同富山県が、同年八月二八日に配当金を受領した時点において、右被告両名に利得が発生する。したがって、原告の右被告両名に対する不当利得返還請求権は、右同日に発生したというほかない。そして、本件では、原告に右不当利得返還請求権の行使につき法律上の障害が存在していなかったことは明らかである。そうすると、消滅時効の起算点は、本件不当利得請求権の発生した右同日の翌日である同月二九日ということになる。

(ハ) 原告の主張(後記(二)(1)ニ)に対する反論

原告は、供託金取戻請求権に係る消滅時効の起算点に関し、後掲最判昭四五・七・一五を引用し、単にその権利の行使につき法律上の障害がないというだけではなく、更に権利の性質上、その権利行使が現実に期待できるものであることをも必要と解すべきであると主張する。

しかし、右最高裁判決は、権利行使が現実に期待できないことが、権利者の認識等の主観的態様や行動状況等の個別的事情に起因するだけで十分であるとはしておらず、権利の客観的性質に基づき権利行使が現実に期待できない場合に初めて消滅時効は進行しない旨を判示しているのである。そうすると、本件で原告は、本件抵当権を実行する以前からその無効を認識していたというべきであるから、原告に本件不当利得返還請求権の行使を現実に期待できないといえないことは明白であるから、原告の主張は失当である。

また、権利行使につき法律上の障害がないのに、権利行使が現実に期待できないという特別の事情については、その存在を自己に有利に援用する原告において主張、証明責任を負担すべきものといわなければならないが、本件において、このような特別の事情が証明されたものとは到底認めることができないから、この点からも、原告の主張は失当である。

ロ 時効期間及びその経過

(主位的主張)

(イ) 本件不当利得返還請求権は、被告国及び同富山県に対する公法上の金銭債権であるから、その消滅時効期間は五年である(被告国につき、会計法三〇条、被告富山県につき、地方自治法二三六条一項)。

(ロ) 昭和五六年八月二八日の翌日から五年が経過し、消滅時効が完成した。

(予備的主張)

仮に、被告国及び同富山県に対する本件不当利得返還請求権が私法上の債権であったとしても、右同日の翌日から一〇年が経過し、消滅時効が完成した。

ハ 消滅時効の援用

被告国は、本件第二回口頭弁論期日において、同富山県は、本件第三回口頭弁論期日において、原告に対し、それぞれ右消滅時効を援用する意思表示をした。

(2) 被告富山市

イ 消滅時効の起算点

弁済をした者が債務の存在を知らない場合でさえも、非債弁済による不当利得返還請求権の消滅時効は、その発生時点から進行する(大判昭一二・九・一七民集一六巻二一号一四三五頁参照)。そうすると、後記3(一)(1)(非債弁済(争点3)に関する被告富山市の主張)のとおり、原告は、本件抵当権の被担保債権一億円が存在しないことを知って本件不動産を競落したのであるから、右場合より一層強い理由で、本件の消滅時効は、第二事件の上告棄却判決が言い渡された平成四年九月二二日の翌日から進行するのではなく、被告富山市が富山地方裁判所から配当金の支払を受け、原告に本件不当利得返還請求権が発生した昭和五六年八月二八日の翌日から進行するものと解すべきである。

ロ 時効期間の経過

右八月二八日の翌日から一〇年が経過し、消滅時効が完成した。

ハ 消滅時効の援用

被告富山市は、本件第一回口頭弁論期日において、原告に対し、消滅時効を援用する意思表示をした。

(3) 被告天野ら

イ 消滅時効の起算点、時効期間の経過

被告天野らが富山地方裁判所から配当金の支払を受けた昭和五六年八月二八日の翌日から一〇年が経過し、消滅時効が完成した。

ロ 消滅時効の援用

被告天野らは、本件第一回口頭弁論期日において、原告に対し、消滅時効を援用する意思表示をした。

(二) 原告の主張(抗弁に対する認否)

(1) 消滅時効の起算点

イ 被告らが富山地方裁判所から配当金の支払を受けた昭和五六年八月二八日の翌日が消滅時効の起算点であるとの被告らの主張は、争う。

仮に、消滅時効の起算点である「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」(民法一六六条一項)の解釈として、法律上の障害が存在しなくなった時という立場をとるとしても、次のとおり、本件の消滅時効の起算点は、第二事件の上告棄却判決が言い渡された平成四年九月二二日の翌日であると解すべきである。

ロ 本件不当利得返還請求権の発生時期

担保権の実行としての任意競売(旧法下の手続をいう。以下同じ。)は、国家の執行機関によって行われる公法上の処分であるから、行政処分の公定力と同様の効力を持つと解すべきである。そうすると、競落人である原告が本件不動産の所有権を失って損失を受け、本件不当利得返還請求権が発生するのは、第二事件の上告棄却判決によって抵当権の無効が確認され、右公法上の処分の効力が失われた平成四年九月二二日の時点である。したがって、本件不当利得返還請求権の消滅時効の起算点は、右九月二二日の翌日であると解すべきである。

ハ 本件不当利得返還請求権行使の法律上の障害

仮に、本件不当利得返還請求権が配当金の支払時点で発生すると解しても、公法上の処分たる性質を有する任意競売では、競落人が競落不動産の所有権を取得できないことが公的に確定されるまでは、その者に不当利得返還請求権を行使せよというのは、権利関係につき自己矛盾を強いるものであるから、右時点までは、権利行使につき法律上の障害があるものと解するのが妥当である。また、消滅時効は、あくまでも権利を主張する者が権利の不行使状態にあったか否か(権利の上に眠る者か否か)を判断するものであるから、本件で、消滅時効の起算点を考える場合にも、被告らが配当金の支払を受けた事実のみならず、原告が本件不動産の所有権を取得したという事実も併せ考慮されなければならない。そうすると、原告は、第二事件の上告棄却判決によって本件抵当権の無効が確定するまでの間、一貫して右抵当権の設定者らに対し、本件不動産の所有権を主張し続けており、また、右設定者らに対する訴訟において本件不動産の所有権取得が認められず、原告が敗訴した場合に備えて、別の当事者(本件の被告らのような配当金の受領者)に、本件不動産の所有権取得を前提としない不当利得返還請求訴訟を提起することは、現行の裁判制度上困難であるから、後に本件抵当権の無効が確定するまでは、原告は、何ら権利の上に眠る者ではなく、不当利得返還請求権の行使につき法律上の障害があるものと解するのが妥当である。

なお、被告富山市が前記2(一)(2)イで引用する前掲大判昭一二・九・一七は、単なる非債弁済に基づく不当利得請求権の場合に不当利得返還請求権の発生時から消滅時効が進行することを判示しただけであって、本件は、競売手続を経て原告が競落代金を納付し、本件不動産の所有権を取得したものであり、全く事案を異にするから、本件に適切でない。

ニ 「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」(民法一六六条一項)の解釈

更に、原告は、消滅時効の起算点につき、次のとおり主張する。「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」(民法一六六条一項)とは、「権利を行使することを知るべかりし時期」、即ち、債権者の職業、地位、教育等から「権利を行使することを期待ないし要求することができる時期」と解するのが妥当である。そうすると、本件不当利得返還請求権が配当金の支払時点で発生すると考えても、これはあくまでも観念的なものであり、後に本件抵当権が裁判で無効と確定されなければ、通常人には、右不当利得返還請求権を行使することは期待できないから、右抵当権の無効が確定した時点で、初めて「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」に該当するものと解すべきである。

また、判例においても右と同様の考え方がとられ、最判昭四五・七・一五民集二四巻七号七七一頁は、弁済供託における供託金取戻請求権に関し、「『権利ヲ行使スルコトヲ得ル』とは、単にその権利の行使につき法律上の障害がないというだけではなく、さらに権利の性質上、その権利行使が現実に期待のできるものであることをも必要と解するのが相当である。」として、弁済供託の基礎となった事実をめぐる争いが解決を見るまでは、消滅時効は進行しないとしている。この判例の考え方を本件に適用すると、競落人が競売で取得した所有権を行使している以上、競落人にこれと矛盾する配当金の不当利得返還請求権を行使せよと要求することは、およそ不可能を強いることになり、このような権利行使は現実に期待できないから、競売の無効が公的に確定して初めて「権利ヲ行使スルコトヲ得ル」といえるのである。

したがって、本件の消滅時効の起算点は、第二事件の上告棄却判決が言い渡された平成四年九月二二日の翌日であると解すべきである。

なお、被告国及び同富山県の前記2(一)(1)イ(ハ)に関する主張(右最判昭四五・七・一五に関する主張)は、争う。

(2) 時効期間

被告国及び同富山県の前記2(一)(1)ロ(イ)の時効期間(五年)の主張は、争う。本件の配当金の支払は、民事上の抵当権の無効により、結果として不当利得になったものであるから、本件不当利得返還請求権は、私法上の債権であり、その時効期間は、一〇年である。

3 非債弁済(争点3)

(一) 被告天野ら及び同富山市の主張(抗弁)

(1) 被告天野ら

本件抵当権が無効となった原因は、原告が被担保債権である一億円の貸金を債務者に一切交付しなかったためであり、原告自身が抵当権の無効を最もよく知っていた。そうすると、原告は、無効な抵当権であることを知りながら、本件不動産を競落して競売手続の債権者に配当(弁済)がなされることを十分認識していたというべきであるから、債務の不存在を知りながら、弁済した場合と同視すべきであり、民法七〇五条により、原告は、被告天野らに対し、不当利得返還請求権を行使することは許されないというべきである。

(2) 被告富山市

原告は、本件抵当権の被担保債権一億円が存在しないことを知りながら、本件不動産につき、本件抵当権の実行のため本件競売事件を申し立て、かつ、昭和五六年四月六日、原告が右不動産を競落したのであるから、原告が損失を受けたとしても、保護する必要はない。

(二) 原告の主張(抗弁に対する認否)

右主張は、争う。原告は、昭和五四年四月一〇日、本件抵当権の設定以来、最高裁で第二事件の上告が棄却されるまで、本件抵当権は有効に成立したものと信じていたのであり、被告らの右主張は事実に反する。

4 不法原因給付(争点4)

(一) 被告天野ら及び同国の主張(抗弁)

原告は、当初から本件不動産の所有者である木村、キムラ電機製作所から右不動産を騙し取ることを企て、融資をする意思がないのにあるかのように装って、被担保債権一億円の抵当権を設定し、それが無効な抵当権であることを熟知したうえで、富山地方裁判所に本件競売事件を申し立て、原告自ら競落人となり、その結果、被告天野ら及び同国が配当金の支払を受けたのである。そうすると、原告の右一連の行為は、公序良俗に反するから、原告が無効な抵当権に基づき本件不動産を競落し、競落代金を納付し、裁判所を介して右被告らに配当金を受領させた行為は、不法原因給付(民法七〇八条)に当たり、原告は、右被告らに対し、不当利得返還請求権を行使することは許されないというべきである。

(二) 原告の主張(抗弁に対する認否)

右主張は、争う。

第三争点に対する判断

一 不当利得(争点1)について

1 前記第二の四1(一)(1)ないし(3)、(5)は、当事者間に争いがない。そこで、同(4)(被告らの配当金受領の不当利得)につき検討する。

前記第二の二3(本件抵当権の有効性が争われた別件訴訟)によれば、次の各事実が認められる。

(一) 昭和六三年六月六日、最高裁判所は、第一事件の原告の上告を棄却する判決を言い渡し(昭和六三年(オ)第二四三号事件)、右上告棄却判決により、第一事件の第一審の富山地方裁判所及びその控訴審である名古屋高等裁判所金沢支部の各判決が確定した。

(二) 右第一事件の第一審及び控訴審の各判決は、理由中で、本件抵当権はその被担保債権が不存在であり、その効力を有しないと判示している。

(三) 平成四年九月二二日、最高裁判所は、第二事件につき、上告を棄却する判決を言い渡し(平成三年(オ)第三六九号事件)、右上告棄却判決により、第二事件の第一審の富山地方裁判所及びその控訴審である名古屋高等裁判所金沢支部の各判決が確定した。

(四) 右第二事件の第一審及び控訴審の各判決は、理由中で、本件抵当権はその被担保債権が不存在であり、その効力を有しないと判示している。

2 右(一)ないし(四)の各事実からすると、本件抵当権は、被担保債権の存在しない無効な抵当権であると認められる。そして、本件競売事件は、旧法に基づくものであり(争いがない。)、旧法には、競落代金納付による買受人の不動産の取得が担保権の不存在又は消滅により妨げられないとの競売の公信的効果を定める民事執行法一八四条のような規定がないから、無効な抵当権に基づく本件競売事件の手続は、その実体的基礎を欠き、無効といわざるを得ない。そうであるから、競落人である原告は、競落によって本件不動産の所有権を取得せず、他方、所有者であった木村、キムラ電機製作所は、所有権を失わないことになる。そうすると、原告が支払った競落代金は、本来、原告に返還されるべきものであり、これが競売売得金として裁判所を介して被告らに配当されたのであるから、被告らはこれを受けるべき法的理由はなく、原告の損失によって被告らに利得が生じたというべきである。したがって、前記第二の四1(一)(4)(被告らの配当金受領の不当利得)が認められ、同(1)ないし(3)、(5)は、前記のとおり、当事者間に争いがないから、争点1に関する原告の主張(請求原因)が認められる。

二 不当利得返還請求権の消滅時効(争点2)について

1 消滅時効の起算点

(一) 民法一六六条一項の「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」とは、権利の内容を実現するについて法律上の障害の存在しない時を意味し、権利行使に対する事実上の障害の有無は消滅時効の進行を妨げないものと解するのが相当である(前掲大判昭一二・九・一七参照)。けだし、時効制度の趣旨は、一定の事実状態が継続する場合、これを基礎として生ずる種々の法律関係の安定化のために、これを覆さずにそのまま正当なものとして保護しようとする点にあるところ、権利者の権利行使につき法律上の障害が存在しなければ、その時点から権利の不行使という事実状態を正当なものとして保護しても、何ら権利者の利益を害するものとはいえないからである。

(二) 原告の主張の検討

(1) これに対し、原告は、民法一六六条一項の「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」とは、「権利を行使することを知るべかりし時期」を意味し、権利者の職業、地位、教育等の事情を基準とすべきであると主張する。しかし、このように解すると、権利者の主観的、個別的な事情によって時効制度の適否が左右されることとなって継続する一定の事実状態をこれを覆さずにそのまま正当なものとして保護し、法的安定性を図ろうとする時効制度の趣旨に反する。また、法は、権利者の一定の事情に対する知、不知を斟酌すべき場合には、明文(例えば、民法一二六条、七二四条、九六六条等)を以てその旨定めているのであって(前掲大判昭一二・九・一七参照)、本件不当利得返還請求権の消滅時効のようにその旨の規定がない場合には、法的安定性の見地から、権利者において権利の存在、権利行使の可能性について不知であったという事情は、消滅時効の開始、進行を阻止しないというべきである。

(2) 更に、原告は、前掲最判昭四五・七・一五の「弁済供託における供託物の払渡請求、すなわち供託物の還付または取戻の請求について『権利ヲ行使スルコトヲ得ル』とは、単にその権利の行使につき法律上の障害がないというだけではなく、さらに権利の性質上、その権利行使が現実に期待のできるものであることをも必要と解するのが相当である。」との判示を引用し、本件不当利得返還請求権について「権利ヲ行使スルコトヲ得ル」といえるためには、競売の無効が公的に確定してその権利行使が現実に期待できることが必要であると主張する。

しかし、最判昭四五・七・一五の右判示は、供託者が供託金を取り戻すと供託の効果を失われることから、供託者が債務免脱の効果を求めて供託制度を利用している限り、供託金取戻請求権を行使することはおよそ期待できないという右請求権の特殊な性質によるものと解すべきである。そうすると、たとえ、原告主張のとおり、競落人が競売での所有権取得と矛盾する配当金の不当利得返還請求権を行使することが事実上困難であるとしても、これは本件不当利得返還請求権の客観的性質に由来する特殊性に基づくものであるとはいえず、原告の主観的、個別的な事情にすぎないというべきである。したがって、原告の引用する最判昭四五・七・一五は、本件とは事案を異にし、本件に適切ではないというべきである。よって、右の点に関する原告の主張は、いずれも採用できない。

2 本件不当利得返還請求権の消滅時効の起算点

(一) 前記一2に認定説示したとおり、原告は、競落代金を納付した当初から本件不動産の所有権を取得していないことになるのであるから、原告が昭和五六年七月六日、競落代金を納付した時点において、原告に右代金相当額の損失が発生し、被告らが、同年八月二八日に配当金を受領した時点において、利得が発生したといえ、この利得が発生した時点で本件不当利得返還請求権が発生したものと解すべきである。

したがって、原告は、本件不当利得返還請求権が発生した同年八月二八日の時点において、右権利行使が可能であり、法律上の障害が存在しなくなったといえるから、その起算点は、その翌日の同年八月二九日(民法一四〇条参照)であるというべきである。

(二) 原告の主張の検討

これに対し、原告は、任意競売は行政処分の公定力と同様の効力を持つから、競落人である原告に損失が生じ、本件不当利得返還請求権が発生する第二事件の上告棄却判決によって本件抵当権の無効が確認され、競売の効力が失われた平成四年九月二二日の時点であると主張する。

しかし、任意競売の効力を争う手続として、行政事件訴訟法の抗告訴訟の排他的管轄等の規定がないから、任意競売が公法上の処分としての性格を有するとしても、直ちにそのことから任意競売に公定力と同様の効力があるとはいえない。

また、原告は、競落人が本件競売事件の手続の無効が公的に確定されるまでは、その者に不当利得請求権を行使せよというのは権利関係につき自己矛盾を強いるものであり、かつ、右のような訴え提起は現行の裁判制度上困難であるから、競売手続の無効の確定までは本件不当利得返還請求権の行使につき法律上の障害があるとも主張する。

しかし、消滅時効の進行を阻止する権利行使の法律上の障害とは、権利それ自体の性質上、その権利に本来的に内在する障害を意味するものと解されるところ、たとえ、原告主張のように、自己の権利保全のために自己矛盾する権利主張をすべき場合があったとしても、それは、稀なことではなく、また、原告としては、自己矛盾する権利主張を積極的にしなくとも、消滅時効の中断手続さえとれば足りるのである。したがって、原告主張の前記事情は、単なる事実上の障害にすぎず、消滅時効の進行を阻止する法律上の障害には当たらないものと解すべきである。よって、右の点に関する原告の主張は、いずれも採用できない。

3 時効期間

本件不当利得返還請求権は、私法上の債権であるから、その時効期間は、民法一六七条一項により一〇年であると解すべきである。

この点、被告国及び同富山県は、本件不当利得返還請求権は、右被告両名に対する公法上の金銭債権であるから、その消滅時効期間は五年(会計法三〇条、地方自治法二三六条一項)であると主張するが、任意競売が公法上の処分たる性格を有するとしても、競売手続の無効から生ずる不当利得返還請求権自体は、私法上の金銭債権というほかないから、被告らの右主張は採用できない。

4 時効期間の経過、消滅時効の援用

本件不当利得返還請求権の消滅時効の起算点は、前記2(一)に説示したとおり、被告らが本件競売事件において配当金の支払を受け、原告に不当利得返還請求権の発生した昭和五六年八月二八日の翌日である。そして、右時点から一〇年が経過したこと、及び被告国が本件第二回口頭弁論期日において、同富山県が本件第三回口頭弁論期日において、被告富山市が本件第一回口頭弁論期日において、被告天野らが本件第一回口頭弁論期日において、それぞれ原告に対し、消滅時効を援用する意思表示をしたことは、当裁判所に顕著である。

したがって、争点2に関する被告らの消滅時効の主張(抗弁)が認められる。

第四結論

以上のとおり、不当利得(争点1)に関する原告の主張(請求原因)が認められるが、他方で、不当利得返還請求権の消滅時効(争点2)に関する被告らの主張(抗弁)が認められるから、その余の、被告富山市及び同天野らの非債弁済(争点3)の主張(抗弁)、被告天野ら及び同国の不法原因給付(争点4)の主張(抗弁)を判断するまでもなく、原告の被告らに対する請求は、いずれも理由がない。

(裁判官 松尾政行 難波雄太郎 河村浩)

〈物件目録〉略

〈図面〉略

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